あと何年
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ステレオサウンド誌にも取り上げられていた米Audio Fidelity盤の「Pet Sounds」が届いた。一聴して感じたのは「レコードと同じ音だ」ということだった。先日買ったグラドのモノカートリッジでキャピトルのモノ盤を聴いたときに,なにかいつもより少しテンポがゆったりしているように感じたのだけれど,このCDでもまったく同じことを感じた(もちろん実際にはまったく同じ早さである)。キャピトルのオリジナルカッティングマスターからの復刻だそうで,ヒスノイズは多いし「素敵じゃないか」の冒頭にはテープ劣化と思われる音揺れがあるし欠点は多いから,まあ一般的には通常CDのほうがいい音だと思う人が多いだろう。でも私は今後CDを聞く時にはこれを聞くようになると思う。
これでペットサウンズはLPを3枚CDを4種類持っていることになる。買って手放したものも数枚あるので,初めて聞いてからこれまで四半世紀の間に10枚以上は買ったのだろう。あと欲しいのはアメリカ盤とイギリス盤の疑似ステのLPくらいだ。どんな音でもどんなメディアでもいいものはいいとわかっているのだけれど。
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いまの日本の社会構造は極限まで疲労しきっているので,これからおそらく戦争に負けた時と同等かそれ以上の大変化がないと未来はないと思う。その意味で,政権が変わったら経済や生活が急によくなると期待するのは愚かなことだし,政権交代から2週間かそこらで「ちっともよくならない」と嘆くのはそれ以上に愚かなことだ。少なくとも私の世代以上の日本人は,その程度の覚悟は持って政権交代を望んだと思う。もう後戻りはできないのだから古い日本を懐かしんでもしかたがない。大切なのは苦しみの向こうに見える新しい社会にどんな夢を語れるかであって,その点では鳩山首相の発言には評価すべきものがある。みんなが求めているのはいまより貧しくても正義があり夢のある社会だと思う。
「民主党になったら日本が中国に乗っ取られる」「民主党政権では日本は滅びる」などと大騒ぎする人たちの姿には,なにか懐かしいものがある。私が大学に入学すると,すぐに学生自治会や左翼グループの人たちが近づいてきて「自民党政権だともうすぐ戦争になる」「体制は徴兵制の復活を企んでいる」と危機感を煽った。その後30年経っても戦争も起きないし,徴兵制にもなっていないのはいうまでもない。「北朝鮮のミサイルが飛んでくる」とふれまわる人も同様に,そういう人たちに共通する特徴は,じっさいに戦争が起きること,徴兵制が復活すること,ミサイルが飛んでくることをもっとも強く望んでいるのは自分自身である,ということだ。そうでないと「それみたことか」と言えず,自分たちの正しさが証明されないからである。私は左であれ右であれ,その種の人たちを一切信用しない。いまの日本に必要なのは自分の祖国が滅びることを毎日夢想しているような人たちではないと思う。
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10年近く問題なく動いていたスピードマスターが突然動かなくなった。輸入代理店の純正修理に出したら故障が治って機械の調子も抜群なのはもちろん,風防ガラス(プラ製だが)も交換され全面に磨きがかけられて新品同様になって帰ってきた。ただし修理代は6万円である。この自動巻のスピードマスターは並行輸入でも10万円ほどしたので同じものを買い直すよりは安いが,6万円あれば「時計」という機能を満たす品物が10個以上は買えるだろう。6万円は家計から立替えてもらってまだ返すあてがない。趣味の道とは厳しいものである。
自分の部屋と隣の物置を隔てるドアに穴を開けてケーブルを通し,iTunes用やTimeMachine用の外付けHDDを隣室に移動した。動作音がしなくなって部屋はすごく静かになった。コンピュータオーディオの大きな欠点はコンピュータ本体やHDDの動作音だと思うが,本体にMacMiniのような静音のものを選び,音の出るものは隣室へ移動すれば解決である.....ってそんなこと普通やらないよね。ことさように趣味の道とは厳しいものである。
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ビートルズのリマスターCDについては難しくて何も言えない。前のCDよりは驚くほど改善されていること,イギリスオリジナルLPのほうがいい音であることなどは当たり前すぎていうまでもないことだが,問題はそんなところにはないのだろうと思う。
ピンクフロイドのイギリス盤LPをコツコツ集めている。イギリス盤の音で驚いたのは「夜明けの口笛吹き」や「神秘」の活きのよい音,「おせっかい」のカッティングレベルが低い(だけどすごく良い音だった)こと,そして「原子心母」のB面「アランのサイケデリック・ブレックファスト」の最後の水滴の音が,SGTペパーの最後と同様にランナウトグルーブに刻まれてエンドレスになっていることだ。そんなことはまったく知らなかった。いままで私が30年以上聴いていたのはあくまでも「原子心母」で「Atom Heart Mother」ではなかったということか。
しかしイギリスEMIのカッティングエンジニアはSGTペパーと原子心母のほかにもランナウトグルーブに音をカッティングする経験をしたのだろうか。
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ビートルズのリマスターCDが出てネット掲示板ではその話題で持ちきりなのだが,そうした中で40代のビートルズファンが集まるスレッドに今日ひっそりと「PPMのマリー・トラヴァースが亡くなったらしい」というカキコがあった。調べてみるとそれは事実で,PPMのウェブサイトも追悼版になっている。PPM(Peter, Paul & Mary)は私たちより20歳くらい上の世代のアイドルだが,例によって私は自分の世代より古い音楽が好きなので子どもの頃からずっと聴いていたし,この数年はオリジナルのLPをコツコツと集めてもいた(ビートルズのオリジナルのように高い値段ではない)。
マリーは72歳だったそうだ。私の母が67歳で亡くなってから6年なので,母と同世代だったのだな,と今まで一度も考えたことのないことを考えた。時間は流れる。
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私の世代が「松田聖子」という名前を初めて知ったのは,昭和55年の春先のこのCMからだった。当時の私は洋楽ロック少年で歌謡曲にはあまり興味がなくて,いよいよ出ると言われるジョン・レノンの4年ぶりのニューアルバムの噂などで頭がいっぱいだったと思う。それでもテレビから流れてくるとてつもなく元気な歌声はあまりに印象的で,耳から離れなくなった。最初はCMに登場するカワイコちゃんが歌ってるのだと思っていたが,ほどなく「松田聖子」という子が歌っていることがわかった。
松田優作が出てくるのには驚くし「ぼく真狩です」も秀逸だ。いっぽう昭和55年は「1980年」でもある。いうまでもなくジョン・レノンの死んだ年だ。秋に入ると「Starting Over」などの新曲が少しずつラジオで流れ始め,アルバム「Double Fantasy」のアメリカでの発売が11月17日,私が池袋の西武でアメリカ盤のLPを買ったのは忘れもしない11月24日(私が生まれて初めてデートというのをした日)で,「風は秋色」が聖子ちゃんの曲で初のオリコン1位になった少しあとだ。レノンの死が日本に伝えられたのは12月9日の午後になってからだった。いろんなことがありすぎて,いまでもこれらがすべて同じ年におこったことであるのが信じられない。
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昭和37年3月10日生まれの松田聖子と,同じ年の4月22日に生まれた私は,生まれ育った場所やその後の人生はまったく違うけれども,ほぼ同じ時代を生きてきたことになる。聖子ちゃんが「裸足の季節」でデビューしたのは私の高校3年が始まった昭和55年の4月1日で,それから私の人生の基礎が作られた何年かの間,聖子ちゃんは奇跡的な「名曲の森」を歌い続けた。その中でも私が一番好きなのは「白いパラソル」(昭和56年7月)だ。レコードには聖子ちゃんの声がなんの操作も加工もされずにほとんど生で入っていて,当時のCBSソニーの技術屋さんたちが何を聴かせたかったかがよくわかる。いっぽうYouTubeで見れるライブの声も素晴らしくて,聖子ちゃんが基本的にライブの人であることがわかる(リンクしたのは音質画質は最悪だが歌が一番よいもの)。
YouTubeでいろんな動画を見てみると,聖子ちゃんは最後まで上手に歌えた時にとても満足そうな顔をすることに気づく。下の「野ばらのエチュード」(昭和57年10月)は歌謡曲史上で最も美しいメロディのひとつだと思うし,「愛を見つ〜っめてはたちのエチュード」の「〜っ」のところなどで「キャッ」っていう聖子ちゃん独特の「音」がくり返し聴けるのが嬉しい。紹介した2曲とも財津和夫の曲だ。この人の曲としてはチューリップの曲よりこれらの松田聖子の曲のほうが長く記憶されるのではないだろうか。
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米Capitolが "From The Capitol Vaults"シリーズで復刻したPet Soundsを買ってみた。Amazonで2100円。Pet Soundsの復刻LPはたくさんあって,EMIが作った重量盤,というのに限っても数種類あると思うが,これの優れているところはオリジナルと同一ナンバー,1966年版のアドインナー(広告入り内袋)も復刻というところで,キャピトルがかなり本気で作っていることがわかる。
とはいっても,もはや1966年のLPの完全復刻など無理なことだ。ジャケットもデザイン的にはオリジナルを完全に復刻している(背文字もオリジナルとまったく同じなのは感心した)が,右の写真のようにオリジナル(下)は板ボール紙の裏側から貼ったザラ紙カバーの上にツヤ紙のフロントカバーが貼付けられている構造なのに対して,この復刻盤(上)は1枚の厚紙で組み立ててあるだけのものだった。レーベルもレインボウレーベルではあるものの,オリジナルとはデザインもレタリングもかなり異なっている。レコードの音質はとてもよいが,カッティング自体は以前に出たものの流用に見える。プレスがやや偏芯しているのも残念だ。とりあえずはこないだ買ったイギリス盤オリジナルのモノラル盤が自分的にはベストのペットサウンズだろうか。
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「1Q84」はまだ手に入れられない。しょうがないからアマゾンに予約してしまった。読んでないから内容は一向にわからないのだが,テレビによると小説の中でヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が取り上げられていることからシンフォニエッタのCDが飛ぶように売れて,1ヶ月でこの10年分の売り上げを超えたそうだ。ちなみに売れているのはセル指揮クリーブランド管のCDらしい。セルのも決して悪くはないがせっかく聴くなら本場ものの,アンチェル指揮チェコフィルのもの(写真)を聴いてほしい。写真の現行CDはオリジナルのチェコスロヴァキア盤(輸出仕様)LPのジャケットデザインになっている。上のリンクに示されているノイマン指揮チェコフィルの演奏も良い演奏だ。昔はビエロフラーベク指揮ブルノフィルとかさらに本場ものの演奏があったのだがCDにはなっていないようだ。
秋になぜか帯広にブルノ国立オペラがくるんだが演目は「アイーダ」だそうだ。せっかくヤナーチェクの故郷ブルノからオペラが来るのにどうしてヤナーチェクのオペラが聴けないのか,ってしかたないか,と思っていたけどそうでもないのかもしれない。
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Windows7のRC版が配布開始になったのでさっそくダウンロードしてParallels Desktopにインストールしてみた。Officeなどもインストールしてしばらく使ってみているが,全体にVistaよりずっとキビキビ動くし,全体のデザインや挙動も統一性があって美しく,これならWindowsだけを使って暮らすこともそれほど苦にならないと感じた。Parallelsでもこれほど軽いなら実際のWindows機では相当に快適だろう。もうしばらく待ってもMacの小型ブックやタブレットPCが出そうになければ,Windows7搭載のネットノートを買うのもよいかもしれない。
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3泊4日で京都へ行ったけど観光は帰る直前に2時間ほど東寺を訪ねただけだった。最近は宗教的寛容性が著しく高まって寺院を見たりするのは平気になったし,近頃仏教に親近感を強めていることもあり,むしろでっかい如来像などに思わず手を合わせたくなるのを抑える方に苦心した。ごく自然に手を合わせている参拝客を見てうらやましくなったかと思えば,直後にその参拝客が仏様について冗談を言ってガハハと笑っているのを見てまた宗教的不寛容が頭をもたげてきたりもする。
国宝の金堂などを見ると,仏教建築がどうして大きくなければならないのかがよくわかる。仏像も建物も合わせて宇宙を記述しているわけで,宇宙が巨大である以上建物も,その中にそびえる仏像もできる限り大きくなければならないわけだ。
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アンセルメのレコードジャケットのページを更新しようとしたらFTPエラーが出てうまくいかない。エラーメッセージを調べるとサーバーのディスク容量超過だった。といっても@nabelabのファイルなんて画像も含めてせいぜい150MBくらいしかないんだから超過するはずない,ゴミでも残ってるかなとサーバー上のファイルを全部削除してからアップロードし直してもやっぱり同じことになる。それでニフティのユーザー情報のページを調べたら@niftyホームページのファイル容量はデフォルトで100MBであることがわかった。100MB!。さっそく容量を300MBに増やしたが,これから月々525円の追加料金をとられることになってしまった。しかし10年前にこのページを始めた時にはホームページのファイルが100MBを超えるなんて到底考えられなかったと思う。Macの純正HDDが200MBとかだった時代だ。
こないだ家族用のIntel iMacのディスクが壊れたので交換依頼したら「80GBのディスクはもうないので320GBに交換しときます」といわれた。320GBなんていったい何を入れるのよと思ったが,実際には自分のiTunes用のHDDは500GBだ。これが当たり前になっているから,ニフティのホームページも最低1GBくらいはあるだろうとごく自然に思い込んでいたのだ。まさに Tempus Fugit だな。
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自分への遅いお年玉として新型iPod touchを買った。スピーカーで音が出るようになっていること,マイクに対応していること,全体に動作が速くなったことなど確実に改善されているが,使用感というか使い心地というのは前のものと全く変わらず,1日経ったら新しいのを買ったのを忘れてしまう感じだ。これはコンピュータについてもまったく同じことがいえて,アップル製品の特徴だと思う。
さて,最近ローリングストーンズのアルバムをまとめて聴いた。自慢じゃないが私の3000枚のLP/CDコレクションの中にストーンズは1枚も残っていないのだが,これは偶然ではなく避けていたのだと思う。久しぶりに聴いてみると抵抗なく聴けるし,とてもよい。とくにファーストから70年頃までのものは素直に楽しめた。振り返ってみると私はストーンズが嫌いだったのではなく,ストーンズが好きな人とか,ストーンズマニアの文化とかが嫌いだったのかもしれない。ただ,一番気に入ったのがやっぱり「Between The Buttons」だったのはご愛嬌。
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大晦日だなあ,今年も終わりだなあ,と思ったらむしょうに「LET IT BE」が聴きたくなった。このアルバムはビートルズのアルバムの中では恐らくもっとも評価が低いもので,最近は「Naked」なんてのに変更されてしまったものだ。でもこれはこれでいいし,私は年を取るほどこのアルバムが好きになっている。何かがもう終わってしまうという「はかなさ」だけがこんなに充満した音楽ってあるだろうか。悪評高いフィル・スペクターの編集も,そういう意味ではスペクターがわかっていたからこうなっているのではないかと思う。いっぽう「Naked」は客観的な歴史の記録のように聴こえる。
今年は仕事上はつらいことが多くてお世辞にもよい年とはいえなかった。でもその中で博士論文を書いたり,いくつか新しいことにも種を蒔いたと思う。ビートルズもこれだけの悪状況からこのあとに「Abbey Road」を作ったわけだ(私はあまり好きなアルバムではないけれど)。来年もよろしくお願いいたします。
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中2の長男が村上春樹を読みたいというので本棚や大学にあるはずの村上春樹本をかき集めてみたが,あるはずのものがいくつも見つからない。それで出張の時に「1974年のピンボール」と「羊をめぐる冒険」の文庫本を買ってきた。たまたま久しぶりの休みだったので読んでみた。どちらも懐かしく読んだが,印象に残る箇所や読後感が(おそらく)十数年前に最後に読んだ時とはずいぶん違うのを感じた。とくに「羊をめぐる冒険」は,前回読んだ時と今とで,自分が北海道に住むことになったこと,羊についてある程度知るようになったことで,物語の背景の自分にとってのリアリティが大きく変わっているのが面白かった。繰り返し読んだ時に,自分の年齢や状態によってまったく違って読める小説は名作だと思う。典型的なのは漱石の「こころ」だ。
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アンセルメのレコードジャケット最近こつこつ更新。
エサをどんどん食べてどんどん大きくなるやつと小さいままのやつに別れてきたので水槽を分けた。具合の悪いやつ用の隔離コーナーも設けた。毎朝の水換え,2回の餌やりで1日30-40分程度が金魚のためにつぶれる。なんだかよくわからないが苦になってはいない。
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まだ1センチくらいにしかならない稚魚もいるので,とりあえずこの冬はヒーターを入れて越冬させることにした。GEXのコンパクトスリム150というサーモスタットとヒーターのセット,15度から35度まで調整できるものが定価の半額以下で買えた。オーディオと同じで,観賞魚用品も定価に意味がない世界だ。設置はしたもののまだ水温が18度くらいあるので電源は滅多に入らない。いっぽうライトを二灯型に換えたら水草がぐんぐん育ち,酸素の泡を大量に出すようになったのも面白かった。
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通販で60cm水槽を買ったら1999円。ものの値段はいったいどうなってしまっているのか。水を入れて「水作SPF-M」を設置して慣らしている間,旧水槽と金魚たちは60cm水槽の前の比較的不安定な位置に置いて東京出張に出かけた。帰りに空港へ向かうモノレールの中で隣のおじさんが読んでいた夕刊フジに「北海道東部で地震」の記事,冷や汗が出たが,揺れはゆったりしたものだったとのことで水槽は無事だった。金魚たちを移動して5日目だがいまのところ一匹も死なずに元気で泳いでいる。さて越冬はどうしたらよいものか。
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金魚が全滅した話を職場でしたところ,十数匹の和金の稚魚が青水や水草とともに家にやってきた。その後2週間,水槽もすっかり安定して稚魚たちはどんどん育っている。大きいものは2センチくらいになって色も鮮やかに赤くなってきた。問題はこの子たちを今後も飼い続けるためには水槽が小さすぎることだ。60センチ水槽の導入を目指して日夜ネットや店頭で研究中である。私の趣味はたいがいお道具に凝ることを中心とするが,この世界もお道具の楽しみが無限にあるようだ。まずは「水作」というものに毎日感心する日々である。
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子どもたちが金魚すくいでとってきた金魚を飼うために水槽やらポンプやら5000円相当の投資をし,夏休みを毎日世話に費やしたのに,5日目には全部死んでしまった。死んだ原因はいろいろ考えられるが全要因が同時に変動している上に交互作用もありそうなので主効果は判然としない。確かなことは金魚はいなくなり,真新しい水槽一式と疲労と抑うつが残ったことである。
「崖の上のポニョ」の批評の中で最も驚いたのは,映画のタイトルが司馬遼太郎の「坂の上の雲」のパクリである,というものだった。ちなみにこのエントリーのタイトルも山本周五郎のパクリである。(写真はOM-2,ZUIKO28/2.8,コニカミノルタパン400)
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iPhoneの発売と同時にiPod touchのシステムもアップデートされた(有料1200円)。日本語入力を始めいろんなところが大きく改善され,音質も良くなっているのだが,一番うれしいのは自由に新しいアプリケーションを追加できるようになったことだ。これらのアプリをアップルのAppStoreで買ったり無料でダウンロードしたりすることで,実にさまざまな機能を追加することができる。写真は今日ダウンロードした"Tuner"というアプリだが,WiFi経由でAAC,mp3,m3u,plsのフォーマットのネットラジオをリストから選曲したりURLを入力したりして聞くことができる(有料700円)。これからは出張先でも大好きなバルトークラジオが聞ける(ただしバッテリは面白いように減っていくので要注意)。もともと私は携帯電話というものをほとんど使わないし,家でも職場でもWiFi環境なので,iPhoneは自分にはまだしばらく必要ないように思う。

むかし塾の講師をやってたころの教え子の藤田学君からDVDが送られてきた。藤田君ありがとう。藤田君のメアドが見つからないのでここでお礼します。中身は英米ガレージバンドのコンピレーション(ブルース・マグースが2回も出てくるので驚いた,そのカッコ悪さにも感動した)と,Lioのビデオクリップ集(私はおしっこが出そうになりました)と,なんとなんと「ジェレミー」。「ジェレミー」は子どもを主人公にした映画で唯一私が「子どもの目から見たリアリティをそのまま描いている」と評価している映画(大人から見てやたら不満の多い筋書きであるところもリアル)なんだけど,久しぶりに見ることができる。藤田君を教えていたのはもう20年も前のことなんだけど,20年前も今も自分の好きなものがちっとも変わっていないこと,そしてそれを覚えていてくれる藤田君の存在に感慨ひとしお。
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博士論文はとりあえず出してきた。平浩二の「バス・ストップ」は長年にわたり自分のカラオケ十八番であったのにレコードを持っていなかった。この曲が流行っていたとき私は小学校4年生から5年生で,高田と直江津が合併してできたばかりの新潟県上越市の,家の近くの「丸庄」という小さなデパートの最上階にあるゲームセンターにあったジュークボックスで毎日のように聴いた。子ども相手であるから10円か20円ほどで1曲が聴けたように覚えているが,このレコードだけはなぜかひどく反っていて,ジュークボックスの中で波打っていたことが忘れられない。あれはもう36年も前のことなのだな。
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植木等のレコードを更新。
いろいろな文脈が相互作用して,ついに博士論文を書かねばならなくなった。自分の行動様式からして,誰かがお膳立てしてくれて,締切を設定してくれなければ,自分の意思では書かないだろうと思っていた。ありがたいことに,多くの恩人の取り計らいで,私は逃げられない境地にうまく追い込んでもらうことができた。5月にはいってからは毎日最低2時間は自宅の地下室にこもって黙々と書いている。地下室ができて,そこに自分用のコンピュータがあったことも仕事をお膳立てしてくれている。つまりは運命である。この後の運命もうまく進行してくれればよいけれども。
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東京出張でまたレコードをたくさん買ってきた。最近の例に漏れずスプラフォンやフンガロトンが中心。今回買った中で気に入ったのはフンガロトンでコチーシュが弾くバッハの協奏曲集。ほんとに闊達として清々しい演奏で,愛聴盤に加わりそう。他にラーンキの「子どものために」,バルトーク全集もまた2枚手に入った。バルトーク全集の1枚は珍しいハンガリー語と英語によるレコード取り扱い説明のついた内袋に入っている(写真,該当部分の大きな画像がここにあります)。古い厚手のポリ袋,比較的最近のザラザラした紙袋は知っていたが,これは初めて見た。いっぽうスプラフォンを集めているとマルティヌーのレコードも増えるが,マルティヌーはまだ全部同じに聞こえて,どこが良いのかよくわからないままだ。
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自宅でもAirTunesできるようにしたのでネットラジオが楽しめるようになった。Real Player でも mp3 ストリーミングが聞けるのを(いまさらながら)発見したので,Real Player の「お気に入り」には世界中のネットラジオが50局近く登録されている。いちばんのお気に入りはハンガリーの Bartók Rádió (Real : mp3) で,なんといっても320kbpsの高ビットレートで音質がいいのと,バルトークやコダーイなどお国ものだけでなくクラシック全般がよい演奏で聞けるのがありがたい。
今朝も Bartók Rádió でハンガリーのビッグバンドのジャズを楽しんだ。アメリカ人みたいにジャズを進歩させようなどという無駄な気負いがないので安心して聞ける。このことでもわかるのは今やジャズはクラシックの一種だということだ。BBC でも Radio 3 はクラシックとジャズ,他のクラシックラジオでもほとんどが時々ジャズはかかるがポップ/ロックはまったくかからない。聴取層/購買層が同一なのだから自然とそうなるのか。
著作権問題のせいで日本語のネットラジオはほとんどないのだがNHK国際放送だけがストリーミング放送をやっている。とくに最新のNHKニュースが聞けるのはありがたい。
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朝飯を食べながら見ていた新聞に社長さんの読む雑誌の広告が出ていた。「年収2000万の時間術」だそうで,驚いたのは写真の「ムダ時間をなくす努力をしている 66%」というグラフ。ムダ時間をなくす努力.........
特別の才能のない普通の人が無理せず働いて稼げる年収の上限というのはおよそ1000万くらいであると思う。それを超える収入を得るためにはかならず何かを犠牲にしなければならない。2000万稼ぐためには大切なムダ時間を「時間泥棒」に売り渡さないとならないのだ。私はムダ時間を大切にする人間だから,一生社長さんの読む雑誌を読むようにはならないだろう。
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植木等のレコードを更新。ついに「どうしてこんなにもてるんだろう」を入手して昭和30年代のシングル盤はコンプリート。
カレンダーの新規入力ができるようになったら買おうと思っていたiPod touchに,カレンダーの新規入力がついたのだが,なんだかんだで買わずにいたら,こんどはメールも読み書きできるようになり,もはや買わない理由がなくなってしまった。音楽もたっぷり聞きたいので16GBのモデルを買った。しかしこれはほんとにすごい。マウスより小さい,どんなポケットにも入るサイズで,マックでできることのほとんどが基本的にできてしまうのだ。東京に行けば無線LANはあちこちにあるので,今後は1〜2泊の出張はこれだけ持っていけば大丈夫だと思う。
まさに近未来。でも40年前に予想されていた未来にこんなものは含まれていなかった。本当の未来は「田舎町にも空港ができてSSTが飛び回る」なんてものじゃなく,むしろ「元祖大四畳半」に近いものだったと感じる今日この頃である。
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帯広市内に古い一戸建てを買って引っ越した。この家には広い地下スペースがあって,その一部が私のオーディオ用にあてがわれたことで,実に約10年ぶりに自宅に自分の部屋ができることになった。暖房が来ていないので電気ストーブを焚いても結構寒いこと,天井までが173センチしかなくときどき頭をぶつけることなど問題点はあるが,なによりも静かだし,ある程度大きな音を出しても階上や家の外に音がほとんど漏れないことがありがたい。大学にあったQUAD44+405-2,LS3/5aなど主力オーディオ機器,レコードとCDはすべてここに移動した。大学ではQUAD33+303がAirMac Expressにつながって働いてくれている。
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学会の会議で東京に行って,翌日帰りの飛行機の時間まで上野の美術館に行った。西洋美術館で「ムンク展」,上野の森美術館で「山下清展」というなんとも強力な二本立てだ。
ムンクは出展数も多くかなり網羅的な展覧会なのだがあちこちで「叫びはないの?」「叫びがないじゃない!」という声を聞く。個人的には全く知らなかった晩年のムンクの作品(なんと「労働者たちの絵」がほとんど)を見ることができてよかった。
いっぽう山下清は作品も良かったがお客さんも良かった。ムンク展のシーンとした感じと違って,お年寄りやおばちゃんおじちゃん,子どもたちがわいわい騒ぎながら大喜びで見ている。作品を見るときに文化の共通性,生きている時間の共時性がとても大切なんだということが(あたりまえのことながら)痛感された。
エッチなことと死ぬことばかり考えて絵を描いていた画家と,エッチなことと死ぬことは考えずに絵を描いていた画家の作品を一日で見るという貴重な体験だった。
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斉藤一さんのブログで知った「天国からのメッセージ」てのをやってみたら以下のようなご託宣を得た。
2007年の僕へ。
元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。僕は91歳で、つまり西暦2053年に、生涯を終えます。つらい事もあったけど、とっても素敵な人生だったと思います。
だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは2015年の春のことです、僕はある事情で、フランスのワイン畑へ出かけることになります。そこには人生を変える運命の出会いが待っています。できれば覚えておいてください。
最後にひと言、91年間生きてみて思ったのは「音楽は人を幸せにする」ってこと。
では、また。これから先も悔いのない人生をたのしんで。
渡邊芳之 - 2053年の天国にて
ということだそうです。2015年の春か.....
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パソ心大会をやり終えたと思ったら今度は母校東洋大での日心大会に準備委員として参加。1ヶ月以内に2回の学会開催を経験した。大会期間中はまったく買い物にも行けなかったが帰りの飛行機の前に中古レコード屋をのぞいて十数枚のレコードを買い込んだ。写真左側はAce of Clubs ACL-30のベイヌム指揮「青少年のための管弦楽入門」。この録音はすでに別のレコードで持っているのだが,このジャケットでジャケ買い(けっこう高かった....)。この曲のレコードジャケットには(当然のことながら)子どもネタが多く,写真右側のDECCA SXL-6450,作曲者自演のジャケも国内盤にも使われおなじみのものだ。デッカのレコードを集めているとどうしてもブリテンを聴くようになるし,最近は徐々に好きになってきているのだけれど,イギリス人がブリテンをあんなに好きな気持ちがわかるようにはならないだろう。
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8月になってしまった。こういう感じでどんどん過ぎて,気がつくと死ぬ年になるのかね。
Procol Harum の Pilgrims Progress はとてもとても好きな歌だけどその最後にこういう歌詞がある。作詞は Keith Reid。
I sat me down to write a simple story
which maybe in the end became a song
The words have all been writ by one before me
We're taking turns in trying to pass them on
Oh, we're taking turns in trying to pass them on
私の書いているものなんてまさにそのものだと思うけれど,それでなにもかまわない。はっきりと「来た来た,俺の順番が来たぞ」という感じがするときがある。しかしこの曲の間奏の Matttew Fisher のオルガンが展開して行くところは何度聞いても鳥肌が立つ。Pilgrims Progress というのはバニヤンの「天路歴程」のことらしい。
最近はこのお仕事にかかりきり。
http://www.obihiro.ac.jp/~psychology/jspp/
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植木等のレコードを新設しました。
写真は上士幌町糠平にある旧士幌線(音更線)のタウシュベツ川橋梁です。糠平ダムの湖水が減る冬場だけ姿を現し,夏までにはまた水没します。士幌線の糠平から十勝三股までは昭和14年に開通,昭和30年には糠平ダムの完成に伴って一部区間の付け替え工事を行いました。タウシュベツ川橋梁はこの時に水没しています。これらの工事ではたくさんの工事関係者が犠牲になり,旧糠平駅近くには慰霊碑がひっそりと残っています。糠平から十勝三股までは昭和53年に廃止,糠平から帯広までも昭和62年に廃止されています。十勝三股は林業最盛期には1500人の人口を数えたものが,現在は2世帯7名しか住んでいないそうです。
たくさんの人の犠牲のもとに鉄道を引き,町を作り,それがわずか50年の間に廃墟と化し,ふたたび原野へと飲み込まれていきます。人間の営みとは何なのかを考えさせられます(写真はOM-1,ZUIKO 28/3.5,コダカラーSG400)。
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誕生日(私とレーニンとカントの)なので誕生祝いのメールが2つきた。1つはniftyから,もうひとつは航空会社から。つまり私の個人情報を把握している企業からであり,営業メールだ。私の誕生日というのはもはや企業からの販促対象程度の意味しか持たないということだ。
生物の存在する理由は生きて子孫を残すことである,生きる理由は生きることそのものにある,と進化論は我々に教えてくれる。しかしもし本当でそうであるなら,生きることはなぜこんなに辛いのだろう。生きることに辛さを感じていない(少なくとも感じていないように見える)多くの生物よりも,生きることにこんなに辛さを感じなければならない人類の方が環境に適応しているのはなぜなんだろう。進化論はその答えを与えうるのか。
あるいは,生物としての人間が生き続けることが適応的なのは,人生の辛さや孤独を感じないか,せいぜい間違って感じているかにすぎない二十歳くらいまでの間だけなのだろうか。そうなのかもね,と最近の私なら思う。
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iTunes以外の音もAirMac経由でオーディオに送れるソフトウエアAirFoilのおかげで,ネットラジオを聞くのがとても楽しくなった。この1週間くらいはiTunesやレコードはほとんど聴かずに仕事中ずっとクラシックのラジオを流しっぱなしにしている。お気に入りはRadio Suisse Romande Espace-2やRadio France Musiqueだ。
昨日の日曜日はイースターだったので夕方(現地時間の朝)からスイスもドイツもみんな教会からの中継になったのが興味深かった。キリスト教を甘く見てはいけないね。
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臨時ニュースで植木先輩の訃報が流れたのは疲れて家に帰ってガキ共につまみを搾取されながらビールを飲んでいるときだった。青島幸男の葬儀報道で見て以来覚悟はしていたけど,やはり大きな喪失感を覚える。ネット掲示板で「サラリーマンは気楽な稼業だなんて過労死した人をどう思ってるんだ」とか「コツコツやる奴あご苦労さんだなんて失礼だ」とかいった書き込みを見る。この国の知的退嬰も来るところまで来ていると思う。いっぽう植木先輩の名前をいただいた長男の等は4月から中学生になる。「時間の不可逆性」とは要するにみんな死ぬということだし,それを意識して生きるということだ。「二つ二つの場にて,早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり」(葉隠)。
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1965年のユーロヴィジョン・コンテストで「夢見るシャンソン人形」を歌い優勝したフランス・ギャルと作者のセルジュ・ガンズブールにメダルを渡すマリオ・デル・モナコ。デル・モナコはこのとき歌わなかったのだろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=jT4B0hKN9K4
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こういうものも持っていてもいいのかなと思って買ってみた。モノラルのPMC7027。きれいなものは2万円も3万円もするのでVGクラスのものだ。ジャケットはやや傷んでいるが盤の状態はわりと良くて,SGTペパーのモノラルを生まれてはじめて聞いた。音質だけでなくミックスもずいぶん違うので結構楽しめる。今月はもう一枚,2EMI初期グラモフォンリムのステレオ盤SGTペパーも手に入れた。レコードというものは縁だ。手に入らない時は全然入らないし,縁があると何枚も出てくる。
ちょっと小遣いが入ったのでビートルズのモノラル盤でまだ持ってないものを何枚か揃えようと思ったのだが状況は悪い方向に変移してこの1枚で終りになりそう。なかなか思うように行かない。
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8年近く住み慣れた研究室を出て,新しい部屋にやってきた。ここは「大学教育センター室」なので「研究室」ではなくて「執務室」なのだ。60年の歴史を誇った「帯広畜産大学心理学研究室」は物理的にはついに消滅し,インターネットのページとしてヴァーチャルに存続するだけになってしまった。2部屋あった旧研究室にくらべて格段に狭くなったけど,新しいだけに暖房が暖かいこと,きれいなトイレが近いことが良い点だ。いっぽう部屋に水道がきてないのがこんなに不便だとは思わなかった。荷物がきれいにかたづくには1ヶ月はかかるだろう。
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毎日それなりに仕事をこなしているのだがすべてが断片的でまったく達成感がない。そういってる間に来週からは授業も始まる。なんていってたら同僚の倉持先生がヤフオク5000円分(段ボール5箱)のジャンクレコードを持って慰問に来てくれた。中から大好きな大場久美子や岡崎友紀を数枚ずつ,「横浜いれぶん」とか「冬のオペラグラス」とか「硝子坂」(いい曲だ)とか「君かわいいね」(これも名曲の名唱)とかもいただく。そのなかにゴロッと入っていたのが写真の「演歌血液ガッタガタ」だ。血液型グッズの基本アイテムなのだがこれまで実物を持っていなかった。遊びのつもりが研究にもプラスになった(なんて言ってるからダメなんだよな)。
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ここ数日にクラシックのレコード関係をあちこち更新。
飲酒運転を撲滅すべきなのはよくわかるし自分は絶対にしないが(そもそも運転自体できるだけしたくないし),東京からのテレビでそういう主張を何の疑いもなく述べている人々が田舎の交通事情と飲酒運転との関係をどれだけ理解しているのかは気になる。
たとえば私の家から市街地や飲み屋がある場所へは歩いては行けない。公共交通機関はバスが1日2往復あるだけだ。タクシーは電話で呼ばなければ来ない。飲みにいく方法(そして飲酒運転しないで帰ってくる方法)はタクシーで行くか自家用で行って代行で帰ってくるかの2通りしかないのだ。どちらも往復4000円,片道でも2000円かかる。歩いて飲みに行ける,電車やバスで飲みにいける都会の人には理解できないことが田舎にはある。
不採算だからと地方の公共交通機関をどんどん廃止し,車でしかどこにも行けない場所をたくさん作っておきながら,誰も望まない車社会を地方に押し付けておきながら,飲酒運転を運転者の「意識改革」や「厳罰化」だけで解決できると思っている中央の発想では飲酒運転は減らないのではないか。環境に誘発される問題行動を減らす最も合理的な方法は環境を変えることだ。
写真はたくさん集まったQUAD44の入力モジュール。アンプの方にはきちんと全部取り付けた状態で余っているものがこれだけあるのだ(笑)。愛を持ってコレクションしていると品物の方が世界から集まってきてくれる。
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デッカ/ロンドンの内袋を新設。
スローシャッターが故障してると思っていたライカIIIfがなで回しているうちに治った。そこで実用しようとヤフオクで旧ソ連製のジュピター8 50/2レンズを5000円で買った。さっそく試写してみる。開放ではフレアが多いが4まで絞ればカリっと良く写る。アルミ鏡筒で軽いしとても良いレンズだ。スキャンしながらなかなかいいなあ,と感心していたが,フィルムの後半でズミタール50/2で撮った分をスキャンして驚く。ぜんぜん違うのだ。ジュピターはよくも悪くもざっくりした描写だけれど,ズミタールは細部までシャープで,それでいて全体がしっとりと柔らかい。奥行き感もぜんぜん違う。やっぱり格が違うなあ,高いレンズには高い理由があるんだなあ,と思い知らされる。でもズミタールは重くて高価なので気軽に持ち出せないし,ジュピターの写りにはそれなりの良さもある。なにより「Made in USSR」と緑色で大書してあって思想的に正しい感じなのが良い。
(写真はいずれもライカIIIf,左はJupiter-8 50/2,右はSummitar 50/2,コニカミノルタパン400)
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オーディオのページちょこっと更新。アンセルメのレコードジャケットがとりあえず完成。
アップルの Mighty Mouse はとても気に入っている。今まで使ったマウスの中でいちばん好きだ。でもトラックボールがすぐに汚れてスクロールが動かなくなるのには閉口する。これまでその都度アルコール綿棒で掃除したりしていたのだが,思いついて検索してみるとまずアップルのページに掃除方法が書かれている。目から鱗。面白いのでもっと検索してみると,アップルが推奨する「水」以外にサラダ油やシリコンオイルで清掃するという方法があるようだ。さっそくシリコンオイルで試してみる。これはとてもうまくいって,新品時に近い感触になった。しかしできれば簡単に分解清掃できるような構造にしてもらいたいが,無理だろうな。
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クラシックのページにアンセルメのレコードジャケットを新設。これはわれながら大事業だと思います。こういう遊びをいちばん忙しい時に始めてしまうのもいつもの癖です。(写真はライカIIIf,CANON LENS 35/2.8,ネオパンプレスト)
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メルボルンの中古カメラ店頭で中古カメラを食い入るように見る男。新宿のラッキーカメラあたりの前にいる男とまったく同じ姿勢,同じ顔をしている。世界中カメラやオーディオを眺める男たちの顔のよく似ていることには驚く。ちなみにカメラ屋のショーウィンドウの前にこんなふうに女が立っているのは一度も見たことがない。
(写真はOM-2, ZUIKO 28/2.8, コニカミノルタパン400)
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大学に「ニートにならないための適職フェアー」みたいなののポスターが貼ってあった。キャッチフレーズの「自分の将来カスタマイズ!」というのに強烈な違和感。まあ主体的に自分の将来の職業を考え,就職に意欲を持とうということだろうが,そもそも自分の将来はコンピュータのように「カスタマイズ」できるようなものなのだろうか。コンピュータをカスタマイズできるのは,使用する私たちがそれを変更する能力と権限を持っているからだ。それでは私たちは自分の将来を変更する能力や権限を持っているのだろうか。そうは思えない。
若者がニートになるのは,彼らが目標や希望を持たないからではない。目標や希望は持っているが,人生がその目標や希望の通りにならないから(むやみに目標など立てさせるからだが)ニートになるのだ。人生はカスタマイズなどできないし,明確な目標をもって努力したからといって必ず実現するわけではないのも人生だ。すべての人生は行き当たりばったりだ。そのことをきちんと教えることの方がよほど「ニート予防」には役立つだろう。
学校の先生が生徒を支配するために利用している世界観が学校の外ではまったく通用しないことを,先生も生徒もきちんと知るべきだと思うし,先生はどこかの必要な時点でそれを教えるのがフェアだと思う。(写真はオリンパスペンEES2,コニカミノルタパン400)
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オーディオのページ,私の好きなアルバムを更新。
細かいことが気になる性癖なのでことばの用法の変化もとても気になる。たとえばこの「性癖」ということばはもともと単なるクセ,行動の偏りみたいな意味であるはずだが,最近では「性的行動におけるクセ」という意味で使われている。じっさいグーグルで検索してみるとエッチなページばかりヒットする。オーディオの「視聴」ということばも気になる。昔は店に行って気になるオーディオ機器の音を聴いてくることは「試聴」と言った。それが最近は「視聴」と表記されることが多い。これは「店頭で実物を見て音も聴く」という語感を採っているのだろうが,もともとは視聴とはテレビのようなものを見聞きすることを指していたと思う。まあ時代によって言葉の意味も変わるんだよねえ,というのはいいがそれがいつから,どのような理由で変わったかまで気になるのはまさに「性癖」のなせるわざだ。
(写真はOM-1, F-ZUIKO 50/1.8, コニカミノルタパン400)